満腹から満足へ ~博物館とイベントの新たな関係づくり~
■執筆者 藤原 真
■執筆日時 2002年8月15日
◆満腹から満足へ
学校が完全週5日制となり博物館、科学館等に対する社会教育施設としての役割に期待が高まっている。これまで、どちらかといえばミュージアムは「啓蒙」の色彩が強く、情報の「送り手」が「受け手」に対して情報を一方的に提供する、との構造にあった。これに対して、近年では「自ら探求し、考える力=生きる力」を養う場として、多様なコミュニケーションによる「経験」の機会をいかに創出できるかという点について議論がなされることが多い。結果優先から過程重視へと視点を向けたことで、“満腹感ではなく満足感をいかに提供するのか”という壁に直面している。
料理人の世界であれば、まず自らの感覚で素材を選び、仲間で試食、批評を繰り返して“商品開発”を行うことが可能だ。そしてなにより、日常的にお客さまからのフィードバックがある。サイエンスの世界でも、未知のことを学ぶ取り組みと、既知のことをより深く理解する取り組みの双方をともに行っている。壁を越えるために今、なすべきことはミュージアムの世界の経験則から満足を発想するのではなく、様々な知恵を集め、自由な雰囲気のもとで、数多くの仮説と実験と議論を繰り返すプロセスをいかに構築するかという
ことではないだろうか。
◆試作・開発の場として
科学館とイベントの世界に両足を置いている立場で見ると、不思議なことに両者の間での情報交流や研究などの協働作業についてはあまり活発でない。また業務として関係する場合にはそれぞれが専門家として認め合っているのだが、互いの領分には踏み込めず、結果的に本質的な意味でのコラボレーションに発展しない場合が多い。これはとても残念なことだ。
イベントは、情報の送り手と受け手が同じ時間と空間を共有し、双方向の交流を生み出す装置と言える。この特質がまさにミュージアムの世界で課題となっている「深く記憶に刻まれる機会の提供」を実現するための最も重要な点だ。「知識を伝達する場」から「館側と観客とがともに考え、ともに発見する場」へと変化すること。こうしたミュージアムの構造変革に、イベントが大きな役割を果たす可能性がある。つまり、両者がフラットに向き合うことで、情報の送り手と受け手の交流を通じて新しい情報価値を生み出していく場として、演示プログラムの開発や展示の試作を通じて機会を提供できるのではないか。例えば子供向けの環境をテーマとしたワークショップ等のプログラム開発をプロジェクトとしてスタートしてみてはどうだろう。研究者やアーティスト、教育者やイベントのプロフェッショナル、ボランティアやNPO団体等が集い、自らにとっての“環境”の意味を洗い出し、プログラムの骨子を決める。子供達の集中力がどの程度の時間まで持続するのか。また、参加させる実験や観察の内容によって、満足度はどのように変化し、知識として定着するのか。経験の質を比較するにあたってどのような評価の方法が存在し、何が必要なのか。試行錯誤のプロセスそのものが展示となり、この交流自体が経験を提供するサービスへと意味を持つ。
このような小回りの効いた試作・開発のサイクルを持つプロジェクトが数多く運営され、個々のネットワークをひろげることが実現したならば、それはイベント業界にとっても多くの恵みをもたらすことにつながるのではないだろうか。
21世紀型のミュージアム、そしてイベントを模索する段階にあって、これらの経験の中で生まれた“満足”こそが次の世代へ向けたプレゼントとなると私は確信している。
◆プロフィール
1965年京都府生まれ。早稲田大学社会科学部卒。94年世界祝祭博覧会(三重)、96年世界・炎の博覧会(佐賀)、97年山陰・夢みなと博覧会にて催事運営事務局を担当。98年から科学技術館運営部において広報・特別展、科学館連携事業など担当。日本イベント業務管理者協会(jedis)事務局次長。イベントに対するひとことは「新たなであい」。