『戦闘教義』:最終回

■執筆者 平野 暁臣
■執筆日時 2006年1月6日
 

『戦闘教義』

 イベントの制作は戦争と似ている。
 『戦争学』(松村劭著・文春新書)という本を読んでそう思った。ともに戦略と戦術を駆使して不確実性に立ち向かう営みであり、論理的な思考と直感的な判断、加えて統制ある組織と優れた実行能力を必要とする。
 実際、名将たちの言葉はどれも身につまされるものばかりだ。同書には数々の名言が引かれているが、いずれもイベントクリエイターのために書き遺されたのではないかと思えるほど、イベントづくりにピタリとハマる。
 たとえば、数々の実戦に勝利を収めたビザンチン帝国皇帝のマウリスはこう言っている。
 『1. 広く何をなすべきかを聞き、2. 少数の賢者の助言を得て、3. 最良の策を一人で決定し、4. それにこだわるべし』『予期しないことと、予期したくないことが起こる、と予期するようにせよ』『注意深く、周到に準備するのは、作戦の基本である。そしてひとたび決断すれば、躊躇することなく、大胆かつすみやかに行動を起こせ!』…………。
 いかがだろうか? まさにイベントプロデュースの真髄ではないか。

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 戦争学の出発点はやはり「戦略」と「戦術」である。同書によれば、戦略とは『戦場におけるリスクを最小限にし、勝利の果実を最大限にするための策略』のことであり、戦術とは『戦場において最大のリスクに挑戦し、最大の勝利を獲得するための術』のことである。要するに、戦場という「土俵」に上がる前に準備する“策”を戦略といい、土俵の上で勝つための“術”を戦術という。
 これをイベントに当てはめてみると、戦略とは制作準備の段階における「計画と段取り」、戦術とはプログラムを構成するうえで必要不可欠な「ノウハウとテクニック」ということになる。
 さらに著者は、戦略や戦術と同じくらい、いやそれ以上に大切なものとして『戦闘教義(Battle Doctrine)』という概念を繰り返し説いている。耳慣れない言葉だが、一言でいえば「戦い方」のことで、相撲でたとえれば「得意技」のことらしい。
 力士は数ある基本技のなかから自分にあった得意技を開発・習得し、土俵上の駆け引きの末にその得意技に持ち込んで勝利する。
 『得意技のない力士は、土俵の上で駆け引きする意味がない。すなわち、戦術の根拠がない。戦術の根拠がなければ、戦場に臨む前に何を準備してよいか判らない。戦略は空論になる』
 ゆえに、戦闘教義は平和なときに研究開発を進め、訓練を積んでおくべきもので、戦場に臨んで突然編み出せるものではないと著者はいう。土俵の上で突然、得意技が生まれることはないのだ。
 そして、『軍隊の編制は、戦闘教義に適合するように組織され』、『兵器に対する性能要求も、戦闘教義に基づいて行われる』。
 ではイベント制作における戦闘教義とはなにか?

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 リスクを減らし効果を高める「策略」の前提となる独自の『戦い方』。構成、シナリオ、演出といった「術」を駆使しながら、演目やサービスなどの「兵器」を効果的に使いこなす『得意技』。イベントにとっての戦闘教義とはおそらく「プロデュース手法」のことだ。
 ミッションを正しく掴み合理的な構造を組み立てる“発想と手順”、時代の空気やターゲットのニーズを嗅ぎ取る“感性と作法”、業務の遂行に必要な“キャスティングと統制の方法論”………etc.。
 計画や段取りを準備する際の拠り所となり、テクニックやノウハウの活かし方を決める「プロデュースのプロセス」。一人ひとりのつくり手がそれぞれ研鑽を重ねるなかで開発・習得していくその人固有の「つくり方」。おそらくそれがぼくたちにとっての戦闘教義だ。
 戦争と同じように、ぼくたちも自分なりの戦い方、つまりは戦闘教義を準備しておかなければ勝つことができない。
 同書に掲げられている『勝つための条件』はわずかに4つ。
「良質な軍事力と量」「巧妙な戦略と戦術」「指揮官の強力な統率力」、なにより真っ先にあげられているのは「優れた戦闘教義」だ。
 歴史上の名将が優れていたのは、戦略や戦術、統率力だけではなかった。重要なポイントは、彼らが例外なく独創的な戦闘教義をもっていたことである。

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 イベント制作の指揮官たるイベントプロデューサーには、自分だけの戦闘教義が要る。それを見つけるまでは戦いに勝てないし、名将になりたければそれを磨くほかない。優れた戦闘教義を備えたプロデューサーからしか優れたイベントは生まれない。 
 『世界軍事史辞典』を著した軍事史家デュピュイ大佐はこう言っている。
 『成功を得る第一の道は、指揮を一人の人材に委ねることである。多くの人々に門戸を開放された事業は、誰もやる気がなく、だれもが私利私欲を得ようとして、作戦の利益は最低になる』

(月刊『Event & Convention』 2005.7月号より転載)