“イベント的”な都市再生

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2003年6月1日
 
このところ何度かベルリンを訪れている。欧州出張の帰りに立ち寄っているのだが、仕事があるわけではない。わざわざ寄り道していたのは、急ピッチで改造が進むベルリンの街を「定点観測」してみたいと思ったからだ。
 首都となったベルリンは、いま開発ラッシュに沸いている。他の都市にはないエネルギーとダイナミズムがあり、そしてなぜか空気中の「イベント濃度」がとても高い感じがする。
 斬新な空間構成で世界に衝撃を与えた『ユダヤ博物館』、新しいデザイン感覚で伝統様式の建物を変容させた『ドイツ連邦議会』など、新生ベルリンを象徴するプロジェクトが目白押しなのだが、なかでも集中的に資本が投下されているのがいま話題の『ポツダム広場』だ。それは一般の再開発をはるかに超えるスケールで、名実ともに変わりゆくベルリンのシンボルとなっている。
 ポツダム広場は戦前は旧市街の中心だったが、”壁”がその中央を無神経に横切ったために、戦後復興からも取り残されていた。皮肉なことに、長い間半ばうち捨てられていたおかげで、壁が去った後に手付かずの広大な土地が残った。それが再開発にもってこいだったのだ。
 ポンピドーセンターや関空で有名な建築家レンゾ・ピアノがマスター・アーキテクトを務める開発エリアには、ダイムラーシティ、ソニーセンター、グランドハイアット、フォルクスバンクといった巨大施設が続々と姿を現しはじめている。
 だが、ポツダム広場には、それらの花形建築よりもっと目立っている小さな建物がある。広場のド真中に建てられた仮設の展示施設だ。

 「宙に浮かぶ真っ赤な箱」をデザインモチーフにしたその建物は、『インフォボックス』と名付けられたビジターセンターである。再開発の理念からインフラのシステムまで、変貌するポツダム広場をプレゼンテーションするための施設だ。屋上には展望台があって、周囲を360度見渡すことができる。
 インフォボックスは、新生ポツダム広場に真っ先につくられた。周辺の建物がまだ工事中のときから観光客に親しまれ、”工事現場観光”という新しい観光スタイルを生み出した。いまやベルリン観光の定番だ。
 広場周辺に建つ建物は、いずれもコンペで選ばれた世界的な建築家による第一級の建築なのだが、館内ではそれらの作品をひとつ一つ丁寧に紹介している。
 特筆すべきは建築家が主人公になっている点で、彼らの哲学と発想に焦点が当てられている。展示模型も、マンションの販売事務所にあるようなものではなくて?計思想を伝えることだけを考えた抽象的なコンセプトモデルだ。つまり観客は、都市再生を担う建築家たちからのメッセージを受け取り、その後に実際の工事風景を観ることになる。
 だから、ただの工事現場なのにとても面白い。大袈裟にいえば、壮大なショーを観ているような気分になる。少なくともぼくの知る限り、こんな施設はこれまでどこにもなかった。
 おそらく今後、インフォボックスが提案した新しい施設モデルは、多くのバリエーションを派生させながら世界中に展開していくことだろう。
  
 だがもちろん、単にハコモノをつくるだけで、「ショーを観ているような気分」が保証されるわけではない。
 壁の崩壊とベルリンの再生、ポツダム広場の数奇な運命とその変貌、明快な開発理念とトップ・アーキテクトの競演……。
 ポツダム広場の復興には強力な『物語』がある。インフォボックスに人気があるのは、そうしたストーリーを上手くすくい上げ、わかりやすく伝えようとしているからだ。物語性とは非日常性のことだから、観る者に強い印象を残さずにはおかないのである。
 そしてもうひとつ忘れてはならないのは、インフォボックスのいかにも”仮設っぽい”趣きが、ライブ感覚を後押ししていることだ。仮設はただそれだけで、特有のライブ感とスピード感を醸し出す。インフォボックスがあえて仮設性を強調した演出を行っているのはそのためだ。
 国際レベルの「建築オリンピック」と、ライブ感のあるプレゼンテーション。つまりは、再開発そのものが”イベント”になっていて、しかもそれをプレゼンテーションする手法としても”イベント”が使われている、という二重の意味で、この壮大なプロジェクトは極めて”イベント的”なのである。
 ベルリンは、都市再生の方法論としてイベントの発想と構造を持ち込んだ。「イベント濃度」が高く感じられるのはきっとそのためだ。そしてそのエキサイティングな空気が人々を引き寄せている。

 だが、残念ながら日本でこうした楽しい開発現場を見たことがない。むしろ工事中は「なるべく離れていてくれ」と言わんばかりのものが大半だ。物語のない工事風景に魅力はないし、メッセージなくして共感は得られない。
 ベルリンは間違いなく新しい都市イメージの獲得に成功しつつある。そしてその背景にあるものは、間違いなくイベントの発想である。
 キーワードは”イベント的”だ。

(月刊「EVENT & CONVENTION」2002.12月号より転載)