『フェロモンを放て』

■執筆者 平野 暁臣
■執筆日時 2005年9月1日
 

『フェロモンを放て』

 アライアンスやパートナーリングという言葉をよく耳にするようになった。企業はいま、さまざまなフィールドで生き残りを賭けたパートナー探しを繰り広げている。
 世界レベルの合従連衡を進める航空業界や自動車業界などの「同業の系列化」ばかりではない。ゼネコン・銀行・商社・メーカーなどがコンソーシアムを組んでPFI事業に取り組むような「企業連合の臨時編制」も日常的に行われるようになったし、異業種の企業が共同でブランドを立ち上げる「WiLL」のような試みもはじまった。今までは考えられなかった企業の組み合わせによる新商品の開発も盛んだ。
 このように、企業の連携・共同には無数のバリエーションがあるけれど、従来の発想と枠組みを超える新しいビジネス展開のプラットフォームにしたいとの考えに違いはない。殻に閉じこもっているばかりでは変化についていけずに取り残されてしまうからだ。
 殻を破って外の世界とかかわろうとすれば、当然ながら違う世界の住人たちに自分の存在をしっかりと認めてもらわねばならない。つまりは「日ごろのつきあいの範囲を超えて注目と信頼を置かれる存在になれ」ということになるのだが、言うは易しくてこれは難しい。

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 そういえば、以前雑誌をめくっていたら、対談の中で「これからの企業にはフェロモンが要る」と話している人がいた。はっきりとは覚えていないが、経済評論家か経営コンサルタントだったと思う。
 これまでは、大方のことは自分の属する「業界」の中だけで済んでいたから、あえて無理をして外を向く必要がなかった。つまり“知る人ぞ知る”企業で良かった。それで十分ビジネスが成り立っていたし、むしろそういった職人肌の企業の方が一目置かれてもいた。
 だがいまは、業界の垣根を超えたパートナーシップによる新しい提案が求められる時代だ。見ず知らずの業界に属する企業が自分を探し当ててくれるまで待っているわけにはいかない。誰かがなにか新しいことをはじめたいと思ったとき、まず真っ先に話を持ち込まれる企業にならなければチャンスは巡ってこない。
 だから企業もフェロモンを発することが必要なのだ。自分たちにはどんな夢とビジョンがあるのか、どんな可能性をもっているのか、どれだけ面白いことを考えているのか、をもっとアピールすべきだ。要するに、パートナーを組む相手として魅力のある“おもしろい”企業であることを訴えるべきであり、それがフェロモンの役割を果たす。そしてフェロモンを発すれば、ひとりでに相手の方から寄ってくるようになる。
 そんな話だった。まさにその通りだと思った。

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 個体間を行き交う信号物質として体内で分泌されるフェロモンは、空気中に放たれて他の個体を刺激し、誘引する。いわば空間という土俵の上で情報伝達の役割を担うメディアのようなものだ。
 ただしフェロモンは、間近で同じ空気を吸っている個体間でしかやり取りできない。放たれた後は保存も輸送もできない。だから隣町の個体まで引きつけることは難しい。だがその代わり、空間を共有する“顔の見える”距離の中では決定的な仕事をする。つまりフェロモンは、典型的な「空間メディア」なのである。イベントと同じだ。
 考えてみると、フェロモンの働きはイベントのそれとよく似ている。リアルな空間そのもの、すなわち輸送も再現もできない「空気」を媒介としている点が一緒だし、その結果多くのターゲットを引きつけることを目的としている点も同じだ。メッセージを伝える「信号」である点も共通しているし、本能にストレートに訴えかけるのを得意としていることもそっくりだ。そしてなにより、両者はともに「快楽」を基本原理としている。
 結局のところ、イベントとはフェロモンなのである。

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 自らを魅力ある“おもしろい”存在だとアピールしたければ、実際にその面白さを示してみせるしかない。「私たちは面白い企業です」と声高に叫んだところで効果はないし、どんなに雄弁な能書きを垂れても説得力はない。相手に自社の魅力を納得させるには『体験』が必要だ。
 理屈ではなく皮膚感覚で実感させる。“顔の見える”距離感のなかで共感を育む。共感をベースに夢や志を語る。
 企業がフェロモンを発するならイベントが最適だ。メディアとしての特性がこの種のミッションに向いているだけではない。おもしろいイベントを打つこと自体が、その企業のおもしろさを伝える手段になるからだ。フェロモンと同じで、イベントにはメッセージを伝えるためのメディアでありながら、それ自身が相手を引きつける力を持っている。
 そういえば、優れたイベントクリエイターがつくるイベントにはフェロモンがある。そして彼自身も、例外なくフェロモンを放っている。

(月刊 『Event & Convention』 2005.3月号より転載)