意志をもった広場

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2004年4月1日
 
ぼくがはじめて外国の土を踏んだのは高校2年のときだった。行き先は家族旅行で訪れたヨーロッパ。いまから30年近くも前のことだ。
 羽田から南周りで三十数時間。やっとたどり着いたヨーロッパの街並みは、想像をはるかに超えて美しかった。体験することの一つひとつに感激したし、目にするもののすべてが眩しく輝いて見えた。
 なかでもいちばんカッコいいと思ったのは広場だった。どの街にも中心には広場があって、たくさんの人で賑わっている。どこも活気に溢れ、生活の匂いがプンプンしていた。
 井戸端会議に熱中するおばさん、ひとりベンチで日なたぼっこする若者、忙しそうに速足で通り過ぎるビジネスマン、威勢のいい物売りの掛け声、駆け回る子どもたち、お菓子や果物の匂い・・・。
 目の前に広がる光景はまさに「これがヨーロッパだ」と感じさせるものだったし、彼らの日常生活の原点を目の当たりにできたという実感はぼくを大いに感動させた。
   
欧米の人たちは広場の使い方が本当にうまい。広場とともに暮らしてきた長い伝統があるから当然だが、広場の魅力とポテンシャルを誰もが知り尽くしている。自然のうちに広場を自分の暮らしの中に取り込んでいるし、それぞれにその人なりの楽しみ方を知っている。だから、特別な仕掛けがあるわけでもないのに、いつの間にか多彩な営みの舞台になっている。
なかにはその存在感を世界に轟かせている広場もある。パリのポンピドーセンターでは世界から集まったパフォーマーが腕を競い、ロンドンのコベントガーデンは蚤の市やストリートミュージシャンで賑わっている。ニューヨークのロックフェラーセンターには冬になると巨大なクリスマスツリーとスケートリンクが現われ、人々の目を楽しませてくれる。
いずれも「ルーブルのモナリザ」と同じで、名前を聞けば誰でもイメージが浮かぶし、行けば必ずイメージ通りの光景が待っている。
もちろん世界の人々を惹きつける都市広場はほかにもたくさんある。欧米だけではない。アフリカにもアラブにもアジアにも、個性的で魅力的な広場は少なくない。
 だが不思議なことに、日本でそれを見つけることは難しい。皇居前広場、新宿西口広場、都庁前広場、駅前広場・・・・、「広場」をキーワードに名前が浮かぶ場所がないわけではないが、いずれも欧米の広場とはまったく別種の空間だ。訪れる人々をワクワクさせる活力に満ちた都市広場を、少なくともぼくは日本で見たことがない。
  
 この4月に国内最大級の再開発街区『六本木ヒルズ』がオープンした。11ヘクタールを超える敷地には職・住・遊を網羅する種々の機能が集積していて、文字通りひとつの「街」ができている。仕上がりのレベルはまさしく国際級で、海外からの注目度も高い。
 その街の中心につくられたのも、やはり広場だった。「六本木ヒルズアリーナ」と名付けられたその広場は、街に賑わいをもたらし、街を彩るさまざまなイベントが繰り広げられる舞台として構想された。そのプロデューサーを引き受けたとき、ぼくが真っ先に考えたのは、どうすれば欧米の先輩たちに伍していくことができるのか、ということだ。
 先輩の広場にはいずれも固有の貌があり、時間をかけて定着したイメージをもっている。だが生まれたばかりの街でそれを望んでも仕方がない。彼らと同じ土俵で戦ったのでは勝負にならない。ならばそれを逆手にとり、歴史もイメージも持たないことを武器にして、あえて彼らの逆を行こうと考えた。
 ”ルーブルのモナリザ”ではなく、「行くたびに違うなにかと出合える」「なにが待っているかは行ってみるまでわからない」広場。毎日のように表情を変える広場をつくろうと思った。そうすれば『アイデアが生まれる街』というこの街のコンセプトにも応えられる。
 本格的なコンサートが開かれた翌日には市が立っている。広場の真ん中で突然カリブの祭りがはじまったと思ったら、次の晩にはシャンパン片手に一流のコメディショーが観られる。空間全体をひとりのアーティストがジャックすることもあれば、夏休みの朝には地域住民が皆で太極拳を習っていたりする。そんなイメージだった。
 
 日本にはまだ『広場の文化』が根づいていない。だから、見た目はキレイだけれど死んだ空き地でしかない広場ばかりが目につく。上手に活かせばかけがえのない空間になるはずなのに、手つかずのまま放置されている。
 実はいま、行政もこの問題に取り組もうとしている。うまく使いこなす方法論の模索がはじまっているのだ。そしていうまでもないが、そのツールのひとつは間違いなくイベントなのである。
 都市の広場という新しいフィールドで、イベントはいったいどんな役割を果たし得るのか? イベント業界にとってこれからの大きなテーマだと思う。都市広場がイベントの新たなマーケットに成長するかもしれないからだ。もちろん単にプログラムを垂れ流すだけでは新しい文化はつくれない。大切なのは志と戦略だろう。
 『意志をもった広場』  
 ある雑誌が六本木ヒルズアリーナを紹介する記事に添えたこのタイトルを見たとき、不安が少しだけ自信に変わった。

(月刊「Event & Convention」2003年10月号より転載)