リレートーク

気合いじゃないよ、技術だよ

カテゴリー: リレートーク

■執筆者 平野暁臣
■執筆日時 2003年7月1日
 
プロジェクトマネージメント(PM)がわが国のビジネス界に本格上陸してきた。
 米国に本拠を置く国際組織PMI(Project Management Institute)の認定資格PMP(Project Management Professional)の国内取得者数をみても、97年にはわずか7名だったものが2000年には1000名を超え、今では2000名に近い。PMは建設・エンジニアリング系では以前から導入が進められていた概念だが、IT企業に急速に浸透したことで一気に火がついた。
 PMは、50年代に米国防省がプロジェクト管理のためにマネジメント手法を統合化したことにはじまる。以来、米国を中心に建設・エンジニアリング・航空などの分野でその効果が次々と実証され、さまざまな業界に普及していった。
 従来の品質管理(QC=Quality Control)が主に生産現場のプロダクトを対象としていたのに対して、PMはホワイトカラー層の生産性を含む企業活動全般をトータルに管理しようとするものだ。いまPMがこれほど大きく注目されているのは、物理的な「モノ」の生産管理だけでなく、ソフトウェア開発の進行管理から企業経営そのもののマネージメントにいたるまで、包括的な経営管理の切り札と期待されているからである。
  
 近代PM(モダンPM=MPM)は管理要素を9つの知識エリア(統合、スコープ、タイム、コスト、品質、ヒューマンリソース、コミュニケーション、リスク、調達)に分解して体系化し、標準とプロセスを明快に定義する。PMの教典「PMBOK」(PM Body of Knowledge)には、それぞれの管理領域ごとに「作業定義」「作業手順」「ツールと技法」「成果物」などが整然と箇条書きで示され、管理プロセスの全体像が一目で了解できる。実にフェアで論理的だ。
 PMの基本姿勢は、業務管理のプロセスとそのあり方をできるだけ客観的・科学的・普遍的に記述すること、特定の対象分野に依存しない汎用性の高い知識体系を確立することだから、原則としてどのような分野にも適用可能だ。
 イベント業界にとってPMはまだ対岸の火事だが、やがてその洗礼を受ける日が来るだろう。その日は思いのほか近いかもしれない。そしてPMの科学的なアプローチがイベントに及べば、イベントの業務管理、ひいてはイベント制作のあり方そのものに大きな変革が迫られるに違いない。
 イベントの制作管理技術は科学的・体系的に整理されないまま今日に至ってしまった。はっきりいえば、「イベントは一つひとつ皆違う」ことを理由に、イベンターは知識や技術を体系化する努力を怠ってきた。業務内容を論理的に記述・分析することをはじめから諦め、貴重なデータをプロジェクトごとにお蔵入りさせてきた。
 だが、PM手法がイベント界に本格投入されれば、「イベントだけは別だ」という言い訳は通用しなくなる。傍からはわかりにくかったイベント制作のプロセスが、単純・合理的に一覧整理されるかもしれない。
  
 もっとも、それだけで誰でも簡単にイベントがつくれるようになるわけではない。
 手法としてのPMは、伝達可能な情報だけで組み立てられた「知識」の集合体に過ぎず、「学習」することで習得できる範囲を超えることはないからだ。
 もとより実際のプロジェクトは知識だけでは統御できない。強い意志や責任感を支える「動機」、判断力や調整力の基盤となる「経験」、コミュニケーション力や交渉力等の「人間的資質」など、伝達・継承できない人的要因が大きくものをいう。この点はイベントに限らずどの分野でも同じだろう。
 つまり現実のプロジェクトマネージメントには、知識を基盤とする技術的な側面と、ヒューマンな要因の2つが不可欠であり、PMは前者を効果的にサポートするツールに過ぎないということになる。
 だがそれは、少なくとも基本的な管理理論については誰もがアクセス可能な『標準』が生まれるということであり、これまでと違って発注側も基本情報を共有することを意味する。もはやイベントを「特別のもの」として煙に巻くことはできなくなるということだ。スキルのない者は正体を暴かれる。
 そして、管理技術を一定水準で安定供給できるようになれば、本当の意味での"スピリット"が問われるだろう。ステージがひとつ上がるに違いない。
 
 これまでイベントは、つかみ所がなく得体の知れない相手だと思われてきた。確かに一面では「興行」だから、近代的な管理は難しい。学術的な研究がほとんど進んでいないことを見ても、科学的な検証が困難な領域であることは明らかだ。
 だから、イベンターはイベントを「特別なもの」と訴え、その上にあぐらをかくことができた。イベントは論理や技術で管理するものではなく、根性で乗り切るものとのウェットな物言いが通用してきた。 マリナーズのイチローは、入団1年目にして連続試合安打を自己最高の16に伸ばしたとき、さらりとこう言ってのけたらしい。
『気合いじゃないよ、技術だよ』
 早くこう言えるようになりたい。だが道のりはこれからだ。

(月刊「EVENT & CONVENTION」2003.1月号より転載)